お久しぶりの夫です。

このブログの読者の方はご存知かと思いますが、私は宮崎出身です。
私が小学生の頃、「読売巨人軍」は毎年2月になると宮崎でキャンプを行っていました。
(今でも宮崎はキャンプ地のひとつで、サンマリン・スタジアム宮崎で行われています)

当時の巨人軍はスター選手揃いですごい人気でした。
その巨人軍が宮崎でキャンプをしてくれるなんて! そりゃ自然にファンになりますよ。
ちゃんとYGマークの入った帽子もかぶってました。

当時、選手たちが練習をしていたのが「宮崎県営野球場」。
地元では「県営グラウンド」と呼ばれていました。
その県営グラウンドはウチから近く、巨人軍の練習時に学校の帰りがけに見学に行ったものでした。

選手たちはまず基礎訓練として400m(だったと思う)の陸上用のトラックを何周かします。
その後、ポジション別に分かれて、打撃訓練とかピッチング訓練用の練習場に移動します。
その移動の時は普通に私たちの目の前を歩くんです!
テレビでしか見たことがないスター選手がすぐそこにいるんですよ!

「あっ! 本物の王選手と長嶋選手だ! こんなに背が高いんだ」
ユニフォームのフロント部分には「GIANTS」左袖には「TOKYO」の文字!
背番号「1」! 「ク~! かっこいいなあ」と、少年の私の心は躍ったものです。

ある日、どうしても王選手のサインボールが欲しくなりました。
どうせもらうなら、色紙とかではなくて本物のボールにして欲しいと思いました。

「よし、宮崎市で一番大きなスポーツ店、タダスポーツに行こう! 
もし売っていなかったらデパートの山形屋に行く手だなあ」などと計画を練っていたら、5歳年下の弟が「僕も欲しい!」とただをこね始めました。

「お前はそんなの興味ないだろ!」
と言っても「絶対欲しい!」の一点張り。
結局2個手に入れることになりました。

無事に公式球を手に入れましたが「1個だってサインをもらえるかわからないのに、2個なんてなあ」不安を抱えつつ球場に向かいました。

王選手はトラックでランニングをしていました。
やがて終わって打撃訓練に向かう途中で勇気を出して声をかけてみました。

「あの、このボールにサインをしていただけませんか?」
すると王選手が「ゴメンね、練習中はサインをしてはいけない規則なんだよ。悪いけど終わるまで待ってね」
「は、はい、すみませんでした」

「すごい、王さんと話しをしちゃった」と感動しつつも「やっぱりサインは無理かもなあ」とも思っていました。

そして練習終了。選手の方々は一斉に帰り支度を始めています。

「あれ、王さんは?」
やっと見つけた時、王さんは送迎バスに乗り込むところでした。
慌てて王さんが座っている席に行ってみると、窓を開けて手を振ってくれます。

ダメもとで「あの…‥これ‥‥‥‥」とボールとマジックペンを差し出すと、
ニコニコしながら受け取ってくれサインを書いてくれました。

「あの…‥すみませんが弟の分もお願いできますか?」
と2個目をそっと差し出すとそっちにも書いてくれて
「ずっと待っててくれたんだね、悪かったね。はい、これ」

王さんが私のことを覚えててくれた! もうその嬉しかったこと!

返してもらったマジックペンが暖かくなっていて
「わあ、王さんの温もりだ」
と、感動したことを今でも覚えています。

家に帰って、改めてサインボールを眺めます。
「これが王さんのサインかあ」
よく見ると右下には背番号も書かれています。
私はその宝物のために、小さなバット3本でできたディスプレイスタンドを購入。
ガラスケースの中に飾っていました。

それから数十年、先日実家に帰省した時に、懐かしのサインボールが出てきました。
少し色褪せたそのボールを握っていると、あの日のことが強烈に思い出されます。

少年たちにとってスポーツ選手は憧れのヒーローなんですね。

P.S.

王さんにサインを貰ってしばらくたったある日、
私が学校から帰ってくると、弟が壁にボールを投げつけながら一人でキャッチボールをしています。

「何そのボール、買ったの?」

と言いながら、手にとって見てみると
「こ、これは王さんの・・・・・バカあ!」

王さん、本当にごめんなさい。

そういえば弟のやつ、私が並んでやっと手に入れた大阪万博の記念硬貨を駄菓子屋で使った過去があります。

ああ!