こんにちは。夫です。

父の四十九日法要で実家に帰省した際、懐かしいものを見つけました。

両親の銀婚式の時に、私と弟からプレゼントしたCITIZENの置き時計です。
金メッキで縁取られたフレームにローマ数字のインデックス、下のベル型の飾りはゆっくりと回転する仕組みになっています。

裏面を見てみると時計の裏蓋に文字入れをしてもらっています。
「S58年かあ。1983年だから今から38年前なんだなあ」
久しぶりに見ましたが、この時のことはよく覚えています。
それまで結婚記念日に私たち兄弟が特別に祝うことはしませんでしたが、銀婚式は特別。
お金を出し合って何かプレゼントをしようということになりました。

「何がいいかなあ」

「やっぱり記念に残るものがいいよなあ」

「オブジェの置き物とか時計なんかかなあ」


とりあえず、下見に行くことにしました。地元で一番の老舗時計宝飾店です。
緊張しながら見ていると、置き時計のコーナーに特に目を引く時計がありました。
華美すぎずエレガントな雰囲気のその置き時計は、一目で気に入りました。

「いらっしゃいませ。プレゼントですか」

「ええ、両親の銀婚式なんです」

「それはおめでとうございます」

「あのう、これ、おいくらですか?」

「2万円です。時計の裏蓋に文字を入れることも可能ですよ。」

「そんなこともできるんですか」

「ええ。お時間は少々頂きますが、心を込めて入れさせていただきます」

「わかりました。えっと、今日は下見なのでまた改めて伺います」


店を出ると、私は焦っていました。

「まずい‥‥金がないぞ。しかも明後日くらいまでに買わないと結婚記念日に間に合わない」
2万円という金額はちょっと自信がなく、もしかしたら1万円だったかもしれません。そうすると弟と折半だとして、私は5千円も持ってなかったことになります。
ううっ、情けない!
弟に聞くと貯金があるから大丈夫だとのこと。

弟は末っ子ゆえの甘え上手で、欲しいものは親に買ってもらい、自分の小遣いはちゃっかり貯金していました。そうそう、この間、弟と食べたお菓子だって私が買ったものです。
だからと言ってまさか弟に借りるわけにもいかず、翌日、友達に相談したところ、

「工事現場のスレート運びだけど、仕事上りに日当くれるらしいぞ」

「やります。やらせて下さい! 」

即決でした。持つべきは友達です。

学校をサボって1日肉体労働で汗を流し、列に並んでお金をもらいました。
それまで、バイトはしていましたが、デパートの店員ばかりでしたから、肉体労働はキツかったですね。ただ、メシがやたらと美味い! 新鮮な経験でした。

そして次の日、再び老舗時計宝飾店を訪れ、めでたくオーダーすることができました。
銀婚式当日、両親がとても喜んでくれたことを覚えています。
父親もニコニコしながら、裏蓋を見ていました。

時は流れて令和3年 春。

家の整理をしている時に、奥の方で佇んでいる、懐かしい置き時計を見つけました。
下の飾りも止まっていて故障しているようです。

「うわぁ 久しぶりに見たなあ。まだあったんだ   今は朝の8時17分‥‥って、ええっこの時計動いてる! うそ、そんなことって‥‥」

「何騒いでるの? ああその時計? 普通に使っているのよ。   下の飾りは動かなくなっちゃったんだけど」
 
と母。

下の飾りが回転していなかったので、てっきり壊れていると思い込んでいたのです。
それに父が亡くなってたものですから、何か不思議な力で‥‥なあんて本当にびっくりしました。

手にとって裏を見てみると、連動しているとばかり思っていた時計部分と回転飾りは別駆動で、飾り部分は乾電池の液漏れで、電池を固定するスプリングが腐食して取れかかっていることがわかりました。修理は簡単そうです。

「えっと時計部分は正常だな」
とチェックし終わった時に、改めて時計の裏蓋に文字を見ました。

銀婚 おめでとう!
まこと、にかし
S58.3.1

時計の裏側に入れてもらった文字。

ん? にかし? 弟の名前は、たかしです。
げっ横棒がない! にかしになってる! 
しかも銀婚 おめでとうって、銀婚式だろう普通。
よくみると文字も曲がっているしバランスも変です。
そもそも刻印機で掘ってあるのかと思っていました。

「お時間は少々頂きますが、心を込めて入れさせていただきます」

昨日のことのように覚えている老舗時計宝飾店の店員のあの言葉。
なのに、にかし。
母に持っていって見せたところ、父が死んで間もないのに大爆笑! 
だって、にかし。
母も今まで気がつかなかったようです。私も初めて知りました。

もしかしたら、父は気がついていたのかもしれません。
私と弟に気を使って、わざと黙っていてくれたのかもしれません。

でも最初は笑いすぎて気がつきませんでしたが、よーーく 見ているとてっぺんに0.3mmほどの横棒らしきものがあることに気が付きました。
でもねえ、家族三人が見て三人とも にかし と見えたんだから、やっぱり、にかし でしょ。

38年後の真実でした。